母にポータブルトイレを購入

この頃、母が何でもないところで転びます。夜間、トイレ前で転倒し起き上がるのに時間がかかり、トイレが間に合わず・・・ということがありました。また夜間ベッド横で転倒し起き上がれなくなり、寝ている父を起こし助けを求めましたが、父は母の身体を起こすことが出来ず結局母は自力で起き上がったものの、やはりトイレが間に合わず・・・。

両親が使っていた古いベッドを処分して、母に介護ベッドをレンタルすることにしました。空いたスペースにポータブルトイレを購入し、ベッドとトイレの一体化、起き上がれば横にトイレという超安心スタイルにしてしまいました。

本人に話せば、この古いベッドが好きだとか、これは処分したくないとか、この頃、私もイライラしているのが自分でもわかります。いい加減にして〜って叫びたくなってしまいます。ので、サッサと事を進め、こうなりましたから〜と事後報告です。

袋にペットシートみたいなのが敷いてあり、バケツ部分から外して口を縛るだけで普通ごみとして出せるので楽ができます。ただ一回分しかないと、もったいないもう一日使用できないかな、なんて思ったりして。

母からの文句はありません。ポータブルトイレを使用しているのが証拠です。

肺炎で12日入院しました

点滴治療が一番だということで入院したのですが、抗生剤が何種類もあるそうで、どれが効くかはくじ引きみたいなもののようです。いくつめかでヒットした薬で、肺の影が薄れ退院になりました。

しかし、今回の肺炎、誤嚥性肺炎であることがわかりました。「早食い、よく噛まない、」が主な原因。昭和一桁世代、いまさらゆっくり食べろと言われても出来ないのが性ですよね。誤嚥は繰り返し肺炎になると聞いています。食物を飲み込む力も弱くなってきているのだと思います。

本人にはその自覚がなく、生野菜が食べたい、もっと歯ごたえがあるものが食べたいと言います。暫くの間は消化の良いものを食べるように言われたでしょう。お医者様の指示は守らなきゃだめじゃないともっともらしい事を言って何とかかわしていますがどこまでもつか・・・。

 

二度目の肺炎

父が退院して三ヶ月、ディサービスから「体重増加」と言われながらも、驚くほどの食欲で毎日を過ごしていました。調度季節の変わり目、街でも咳をしている人が増えました。ご他聞にもれず父も風邪を引きました。

風邪で受診、聴診器で雑音が入っているものの、抗生剤で様子を見ることになりました。八日間内服した薬の効果がみられず、胸部レントゲン撮影後、点滴による治療が望ましいということになり、通院のつもりが入院になりました。

一緒に受診していた母をディサービスへ送り、家に一度戻り簡単な仕度をして、遅い夏休みをとっていた妹の夫が運転をしてくれたおかげで、恐い都会の道路の運転をせずに連れて行くことができました。本当はテニスの予定だったのにキャンセルさせてしまいました。

発熱した様子もなく、前日には入浴もしていたし、特に変わった様子はなかったのに、高齢者の肺炎は注意しなくてはいけません。バイタルだけでは判断できません。

突然の両親介護 仕事との両立

両親の通院、朝食用の買い物、ケアマネとの話し合いとさまざまな事柄の負担がドンと圧し掛かってきました。母にいたっては難病もあり、医療券やらの申請、役所の手続き、通院は数箇所に渡り、この先仕事との両立は難しいだろうなと思う日もありました。両親の年金は、思ったより少なくて、介護保険負担分、全額負担分、食費、医療費、その他の費用で足りません。結局私が働くために、介護保険の全額負担分が発生するのですが、介護を背負い込まないようにしよう。介護のプロに任せるところは全部任せようと決めた義母の時を思い出し、出来るところだけ頑張ろうと決めました。

この頃、痩せたし顔色も悪いよ。と顧問先様から心配されてしまい、少々ショックでしたが思いつめていたのも事実で、表情に出てしまっていたのかも知れません。

始まったばかりの介護、これからが本番なのでしょう。先のことは全くわかりませんが、出来るところだけ頑張ります。

突然の両親介護 減塩の食事

食事をどうする?父は自炊が出来ます。それが故、冷蔵庫を空にしました。料理を作るのが大好きだけれど、減塩にできないのです。この味でなければならない的なものがあり、言葉にしたところで判ってもらえませんでした。母は父の入院中に自炊を拒否するようになってしまい、宅食を利用していました。母が作った料理、私が作った料理は必ず捨てる父ですので、下手に手出しできませんし、父も私の料理など望んでいる訳がありません。そのくらい頑固一徹、困った父です。

かかりつけ医の先生に相談しました。朝食をパンにすれば塩分が抑えられる、昼はディで減塩食、ディのない昼と夕食は宅食の減塩ではない普通食でいきましょう。と先生が父に話してくださいました。年齢的にも薄い味に慣れることは難しいし、食事が楽しく美味しくなくては人生つまらないものになってしまう。少々塩分を摂取しすぎたところで、重大な変化はないであろう。口から食事が出来る大切さを重視しましょうと言われ、本当にそのとおりだと思いました。父もうなずいていたので納得できたのだと思います。

突然の両親介護 父の退院

入院してから57日、やっと退院です。翌日からディサービスを利用します。とりあえず半月ディサービスを利用しながら回復具合を見て今後の生活を考えましょう、と父も交えたところで話し合い決めました。

しかし、年齢的にも物忘れがあっても仕方ないとしても、昨日のこと覚えていません。ちょっと言うと「また怒られた」的な発言ばかりで進歩がなく、私も慣れていないのもあってイライラが止められず、母を仲介にいれれば、母は父の言いなりで話にならず、ますますイライラが止まりません。

ディサービスなんかに行かなくても、1人で留守番くらいできるからほっておいてくれ・・・。

足腰のリハビリを目的としたディなのだから、家にいては出来ないことを訓練するのだから、と何とか説得して退院翌日からディサービスを利用することになりました。

父の入院 鬼のいぬ間に模様替え

両親の暮らす居間には大きなホットカーペット。その下に二重にカーペットが敷いてあります。

部屋の大きさに合わない巨大テーブルと椅子。使用しない食器がぎっしり詰まった食器棚。母に聞けば大事なものだから処分は嫌と言うに決まっています。でもこの部屋に介護用ベッドを置かなくてはいけないと言ったところ仕方ないわよねって感じで許可してくれました。

カーペットは非常に重たいので妹と二人で出来るかしらと思っていたら、妹の息子が応援に来てくれて本当に助かりました。重いやら汚いやら・・・でも頑張ったおかげで綺麗になりました。

介護用ベッドはいらないかなと思っていましたが、大学病院の先生から退院して普通の生活になると直ぐに足がまた浮腫み始めるので、できれば足を高く出来るベッドを導入してくださいと指示があり導入を決めました。

父が退院する日に搬入です。

突然の両親介護 父の介護度変更

父は入院中、介護の変更申請をしました。退院後を考えると早めの申請が良いとケアマネさんの提案でした。要介護になるとは思うけれど、どうなるかわからないです。今介護関係かなり厳しいので・・・。

リハビリ病院では、介護保険前倒しできるよ。もうそろそろ退院してねって感じです。

そんな中、届きました。要介護2

筋力落ちているし仕方ないのかなと思いました。

突然の両親介護 父の入院 バトル

病院から退院許可が出ました。大変喜ばしいことです。

でも、退院直後の看病をできる人がいないのです。これ以上休めない妹、私も同様に一日の世話ができる状況にはありません。退院したら翌日からディサービスへ行かれるくらい回復していてもらわないといけないのです。病院の先生にはリハビリでの転院をお願いしていました。父は退院するつもりでいました。意見が食い違う中話し合いがもたれたのですが、どこからこんな声が出るのだというほど怒鳴る父を目の当たりにし、この先大丈夫だろうかと不安になりました。

我が家の事情くらい百も承知のことだろうに・・・。

「お父さんは大丈夫かしら?」と言う母が看病できたなら何の問題もないのですが。結局父は私たちの説得に納得できないものの応じてもらい晴れて大学病院を退院。家近くの病院へリハビリ入院することになりました。

突然の両親介護 父の入院その時母は

仕事が終わってから、妹と二人で電車で父の病院へ・・・。担当医に会えるのは19時から20時ころでした。その時母は・・・。

父が入院した翌日はディサービスの日でした。母にはディサービスに行ってもらいその間、ケアマネに連絡して月曜日〜土曜日までディサービスに行かれるようにしてもらいました。(日中1人で留守番させられないと思ったため)配食サービスを紹介してもらい、夕食の手配をしました。私が夜中の帰宅になっても大丈夫なようにして、ニャンコさんのごはんは全面的にパパちゃんにお願いしました。

86歳の高齢者だというのに、何という生命力。

この後、退院をめぐって親子バトルが・・・。

突然の両親介護 父の入院 2

病名、うっ血性心不全、肺炎、甲状腺機能低下症でした。

肺炎は、自己免疫性肺炎と聞きなれない病気で入院中、治療しても再発してしまい入院期間も長引いてしまいました。肺炎の間、絶食だったおかげか体重が11キロほど減少し健康な体重だけは手に入れました。

高齢者を2週間病床につかせてしまうと寝たきりになり易いそうで、病院でもリハビリにはかなり力を注いでいました。

突然の両親介護 父の入院 1

二人は近くのディサービスへ行き始めました。ただ入浴拒否が続いています。家でも入っている様子はありません。母は楽しそう、父はつまらなそうというか馴染めない様子でした。そんなこんなで3週間が過ぎた頃ディサービスから呼び出しがありました。父が具合が悪いと言っていると・・・とりあえずかかりつけ医へ連れて行きましたがその日は担当医がお休みで翌日受診となりました。

どこがどのように具合が悪いのか全く語らないので判りません。後からの先生の話では翌日受診の日、「検査入院したほうがよさそうだ」と薦めたそうですが、父は翌日仙台で法事があるから帰ってきたらにしてほしいと断ったとのことでした。結局仙台へは行けず、次の受診日、起き上がることが出来なくなり、ここから数日父の記憶が無くなりました。

私は、ヘロヘロの父を車に乗せ、途中で妹を拾い小平から目黒の大学病院まで運転しました。23区の運転は杉並区より先は無く不安そのものでしたが「ナビ」に助けられ何とかたどり着きました。

突然の両親介護 介護認定決まる

ここ数年、両親は近くのコンビニを利用していました。それまでは父が何かしら作っていましたが、それは父の好みの献立ばかりで母は満足できなかったようです。

朝食7時、昼食12時、夕食18時、でなければならないのです。仕事持ちの私や妹は不要なのです。

1カ月ほど待って介護認定決まりました。

父 要支援2

母 要介護1

早速ケアマネに連絡し、週2回ディサービスに参加することに同意してもらいました。

 

突然の両親介護 調査員が来た日

介護申請をすると訪問調査があります。私はギリギリまで両親に言わずにいました。ありのままの状態、生活状況を知ってほしかったからです。

当日、今日訪問調査があると両親に伝えると案の定、掃除を始めました。薬を他の場所へ移すと元に戻せなくなるからと言っても聞きません。まあ訪問される方もプロですからお見通しだとは思っています。それにしてもそんなに格好良く生活していると見せたいものかと飽きれるばかりでした。

私は仕事で立ち会えず、妹が調査の途中から立ち会ってくれました。眼に見えるところは掃除したけれど床やカーペットはほこりだらけで、調査もさることながら、コロコロをしてしまったと笑っていました。きっと和やかに調査が進んだのだと思います。

突然の両親介護 介護申請

ある寒い冬の日、父が言いました。「これまで、連れ合いがおかしな事を言うたびに隠してきたけれど、自分も疲れてしまってこれ以上面倒が看れない。何とかならないか?」

2年ほど前に母は国立病院で認知症の検査を受けています。先生から聞かれるであろう問題に対し父は母に教え込んでの受診でした。その時は何とか覚えられたのでしょう、「年齢相応」と言われました。父は何を隠したかったのか理解に苦しみますが、世間体を何より重んずる性格であるのは確かです。私もそれ以上口出ししませんでした。

とりあえず私と妹で出来ること・・・介護申請をすることでした。しかも両親共々。相談した包括支援センターの方の意見でした。介護にあたるかあたらないか判らないけれど、とにかく両親それぞれ申請してみましょうと言われました。

へのへのもへじ

二歳の誕生日を両家でお祝いして貰った孫ちゃん。お話するのちょっと苦手なオッパイ星人なのです。小児科の先生は何歳まで母乳飲ませても良いのですよと言われちょっと安心していたものの、歯が気になり歯医者さんへ行ったら「虫歯になりかけている歯がいっぱい」と言われて大ショック。

確かに息子が幼い時、小児科の先生は「熱冷ましにスポーツドリンク飲ませてあげて」と言われましたが、その後の健診で歯医者さんには、熱の時、スポーツドリンクはだめです。歯磨き無しではすぐに虫歯になるから「麦茶、薄い紅茶、白湯」って言われた経験があります。熱の時、口の中まで熱っぽくて大人でも歯磨き辛いですよね。

で お嫁ちゃんのとった行動が、へのへのもへじ作戦。孫ちゃんと暫くバトルが続きそうな感じです。

息子の国民年金保険料

次男は、就職をして現在社会保険料は会社で徴収されています。私の手元にあるのは学生猶予をしていた分の国民年金保険料の納付書です。彼は毎月生活費を入れてくれるので数ヶ月分は納めたのですが、「溜まると大変」を実感しています。納付書を社会保険庁にお願いするときは全部払いますと言ってしまったものの全額納付はキツイです。来年〇月までなので、まだ猶予はありますが彼が「今月の生活費」と言って渡してくれる袋を見るたび、ドキっとするのは本当に心臓に悪いです。

山梨のうどん

山梨県でうどんといえば、ほうとうが一番に浮かんできましょうが、山梨県のはしっこ上野原市のコンビニ〇ブンには吉田のうどんなるものが販売されています。きっと上野原から先は山梨県内どこにでもあるのでしょうが、大月あたりまでしか購入したことがありません。私は夏に食べた冷やしの方が好きなのですが昨日暖かい吉田のうどんなるものに出会いました。物凄くコシのあるうどんの上に茹でキャベツ、味付けオアゲ、かき揚げが乗っていてなんとも不思議なトッピング。おんたまを乗せたら、三月のライオンに出てくる「あまやかしうどん」そのものって感じ。とっても美味しいです。吉田のうどんの有名店があるようですが、まだそこには至らずコンビニで大満足している私です。郷土密着型うどんにはまってしまいました。是非土鍋に移し変えてグツグツしてみたい。

秋の気配

お彼岸も迫り、秋を感じるようになりました。昨年の秋口には何を着ていたかしらと探してみるものの、この前まで自宅兼事務所だったこともあり普段着を脱出するものは持っていませんでした。こうなったら上着で調整です。パーカーやら薄手のジャケットやら何とか着まわしています。

ともすると、太りやすくなってしまった身体です。メタボではないものの日々好きなものを食べていればあっという間に体重計の数字が動きます。立派なおなかの主人のためにも、夕食で一日分のカロリー調整をすることにしました。晩酌を楽しみたい私たちですから、おもいきりカロリーダウンして野菜と豆腐系ばかりの夕食にして一週間。なかなか難しいものです。もう少し寒くなれば鍋三昧もできるのですが・・・それまでは、とりあえず家では揚げ物ぬきで頑張ります。

エアコンと猫

毎日暑いですね。

我が家のネコさんたちは、種類がバラバラなので夏の住処もバラバラです。

年長のお姉さんアメショーのランは、エアコンで涼しい部屋でボア系の敷物の上で寝るのが定番です。

真ん中のベンガルのリンは、超寒がりでエアコンは大嫌い。信じられないくらい暑苦しい部屋の隅っこに入り込んで寝ています。

年下なのに、大面で身体も一番大きいノルウェイジャンのジンは、他のネコさんの邪魔をするのが日課になり

皆に嫌われ、ふうてんのジン様状態です。

今日こそは、ジンの爪きり、足裏掃除、お尻周りのカットに連れて行こうと思っているのですが、夕方になると

一日の疲れがどーっと押し寄せてしまい、まあ明日でもいいかと毎日のびのびになり、ジンの足もぼうぼう

です。本当なら自分でトリミングしたいところですが、ジンに噛まれると絆創膏ではすまないので諦めてます。

 

ランの吐き下し

夕食のひととき、猫さんたちもご飯です。

と、ランの吐き下しが始まりました。普段は吐き戻しだけなのですが、今夜はお腹もくだしています。しかも

毛だらけ・・・吐き戻しても吐き戻しても毛玉だらけ、下痢ピーの中も毛だらけです。

あっちでこっちでトイレでと30分くらいの大騒ぎ、お医者さんも終わってしまった時間だったのでとりあえず様子

を見ることにしました。出すだけ出したらスッキリした顔のラン、ご飯まだですか?とすりよってきます。

今夜はご飯抜きよ。お腹休めなきゃ、少しずつお水飲んで寝なさい。

言葉が通じればの話ですが、とりあえず出窓から網戸越しに外の空気に触れて風の音を楽しんでもらう事に

しました。留守番のストレスだとわかっているのですが、どうにもならないのです。

ランちゃん、がんばれ、ファイト☆

謎のおむつ探し

孫のオムツもMサイズからLサイズになりました。が、今度はLサイズのメリーズがないのです。

私、根性出して朝一番の赤ちゃん本舗へ行ってみました。

オープンと共にエスカレーターを駆け下りる人人人・・・・・・。

何とかついて行きましたが、どうも巷でうわさの外国の方々男性ばかり・・・・・・・・・。

メリーズは朝一番に出さないと店員さんが言っています。どういうことか理解できました。

私は他社のオムツを購入して帰ってきたのですが、異常な世界を見てしまいました。

孫よ、肌が弱くてメリーズでないと赤くただれちゃうなんて言っていられない。世の中厳しいぞ。

たかがオムツ。されどオムツ。どうしたものやら・・・・・・・・・。

障害者補助の変更

母は、難病+心臓ペースメーカー装着のため、一級障害の認定を受けています。障害認定の際、ガソリンの補助を申請しました。父にガソリンの補助を受けているからね。と話しましたが、受け取り方など詳しいことは当事者がするものと思っていました。ということで、残念ながらガソリンの給付は一度も受けていませんでした。

父曰く、通知がこないから何もしていない・・・自己申告だから受取に行かないと・・・そんなこと知らん・・・ダメダこりゃ・・・最近の会話です。

父の運転技術にも疑問がでてきた今日この頃、補助の変更をしました。母の通院には必ず父が付き添いますから、タクシー券を利用すれば今後便利であろうと思ったのです。

が、父は良い顔はしませんでした。自分で運転できるのに何故タクシー券なのだと怒り心頭。

母ひとりの外出なんて年に一度あるかないかだけど、その時に使わせようと思います。

母がタクシー券の存在を忘れていなければ・・・ですが・・・。

ラン、リン、ゴキさんと睨み合い

ねこさんの様子が何だか変?に感じた朝のこと

ランとリンがキャットタワーの中腹で一点を睨んでいました。・・・の先には、中くらいのゴキブリが睨まれて動けずフリーズ状態でいました。よしよし、そのまま睨みをきかせていて頂戴ね、今シューってするスプレーを持ってくるから。ゴキがフリーズしているのは、天井に近い場所しかもジンのハウスの上。シューっとしたら、ジンのハウスへ逃げ込むかもと思いながらも〔ジンはハウスの中〕逃げられないうちに早くシューしないと大変、あーあ、朝から嫌だなと思いつつシューしました。確実にシューは当ったのですが、ポトンとジンのハウスの裏へ落ちてしまいました。

あーあって顔をしているニャンズ・・・トホホ、落ちた場所悪すぎて今掃除は無理。

休みの日、掃除機出してガーガーしないと。

去年より早いお出ましにちょっと戸惑いつつ、今日はドラックストアでゴキごはん購入しないと。

今年も嫌な季節がきました。本当はキャーって逃げたいほど嫌いなゴキだけど、ニャンズの手前冷や汗たらたらでがんばりました。

留守番部隊になったラン

いつも私の横で昼寝をしていたランが、事務所移転に伴い留守番になりました。

ランは爪を切らせてくれないネコなので、いつも寝ている隙にパチパチ切っていました。留守番に慣れさせようと2階においてくると必然的に爪が切れない・・・で、しかたなく洗濯ネットの出番となりました。フーシャー騒いで噛み付いてなかなか難しいものです。他のリンとジンはなれたもので、リンはネットなしでも切らせてくれます。ジンは大型ネコなので噛まれると危ないので、おとなしいのですがネットインしてもらいます。

しばらくランの爪きりには苦労しそうです。

父の自動車運転

普通は、何歳まで自動車運転をするのでしょう。車がなければ生活できない所であれば何歳であっても必要なのかも知れませんが、、、

父は85歳、誕生日がくれば86歳になります。床屋さん、医者、ちょっとした買い物、本当に近所であるのにかかわらず車で行きます。自分では模範運転であると信じて疑いません。

確かに高齢者教習では合格してきます。教官にも年齢にそぐわない良い運転だと褒められると鼻高々です。でもこの頃良く聞く、アクセルとブレーキの踏み間違いの事故など心配は絶えません。アクセルを何度も踏み、何でもない所でブレーキランプがつく、これは教習所では気づかれない運転技術の低下だと思い、遠出は決してしないよう説得しました。

後はいつ運転を辞めて免許証を返納してもらえるか、、、難問です。

テレビ体操を始める

首、肩、背中の痛みに耐えかねて整形外科を受診しました。普段の仕事中はあまり痛みを感じないのですが、夜寝ようと背中がベッドにあたった瞬間から痛むのです。以前から鎖骨から十本頚椎がみえており、レントゲンをみた先生が珍しい、、、と、これでは肩こりは避けられないと言われ続けてきましたが、今回の痛みはちょっと我慢できませんでした。念のためMRIを撮ったところ、頚椎ヘルニアが判明、3〜7番目の頚椎が右に強くヘルニアをおこしていました。これでは、痛いのはあたりまえと薬、リハビリを処方されました。

リハビリに行けないのです。朝仕事について気がついたらお昼、午後仕事が終わる頃、まだ整形外科は開いていますが、疲れていて夕食の準備くらいしか考えつきません。薬を忘れずのんでいる時は痛みは殆どなく快適に眠れるのですが、痛みがいつ治まるのかわかりません。長期に痛み止めや筋肉を和らげる薬を服用して大丈夫なのか心配なところです。

私的なリハビリとして、朝のテレビ体操を始めました。最初は痛くて動かなかった肩も腕も徐々に動くようになり始めました。ほんの少しの時間ですが、体操をすると一日の気分が全然違います。私にピッタリな感じです。

猫3にゃんず

一番年下のノルウェイジャンフォレストキャットの♂ジンは、1歳を前にして尿路疾患で療法食以外食べられなくなりました。他のにゃんずは健康なので、本当ならごはんを別のものにしたいのですが。。。。。ちょっと目を離すとどっちも関係ありませんからという顔をして食べてしまうのです。

ジンについては、これから一生療法食、再発させないためにも守らなければなりません。ってことで、全員療法食にしてみました。お姉さんのアメショー、ランは療法食がお気に入り。小さいお姉さんのベンガル、リンは、えー私は軟らかいごはんが好きなの、こんなのは嫌ってばかりにハンスト。ランは軟らかいのは大嫌いなので、ジンはハウスでごはん、ランとリンは普通にごはん。リンが食べ終わったらジンがハウスから出てきてごはんの続きとかなり面倒なことになってしまいました。

そろそろ寒い季節、電気あんかの必要なランとリンのために、パパが毎年ダンボールを駆使してハウスを作ります。大きくても小さくても駄目。それぞれお気に入りになるよう工夫がかかせません。

パパのダンボール探しが始まりました。

パソコンの入れ替えとメガネ

ほとんど一日パソコンを見ています。

仕事だから仕方ないけれど、老眼の度が進んでしまったのでしょう。うまく見えません。伝票からパソコンへの入力ができません。一生懸命見ようとすると頭痛になり、目の奥も痛みます。

安いメガネを購入して大失敗したことがあります。安いを売りにしている有名店でも大失敗。普通のメガネ店は結構高額で困ったなあと思っていました。

そこへパソコンの入れ替え。パソコンというよりは、重要なのはサーバーといわれる本体なのですが、とにかく入れ替えがある。画面が少し大きくなる。たぶん見えない。絶対にメガネが必要。

隣の奥さんが素敵なメガネをしていました。眼科で処方箋をお願いし眼科に入っているメガネ店で購入したのだと聞きました。やったーそれだ、と早速、眼科へ即行しました。

私の場合、まだこれから2年おき位に買い替えが必要になるそうです。高級なフレームも高級なレンズも必要ないと言われ、「近近」「遠近」両方、購入することにしました。パソコン前では「近近」、買い物に出るときは「遠近」。

完全な使い分けをすることで、生活が楽になりました。パソコン入力も文字も数字もしっかり見えるので楽に入力できます。変な頭痛もなくなりました。

その様子を見ていた主人が・・・。ジト目で・・・。

母は天然ボケ

いろいろ検査を重ねた結果、年齢相応の老化であることがわかりました。今日は病院へ行く日と知ると、正装して背中がビシっと伸びます。先生との受け答えも、それまでの私たちとの会話とは異なる、きちんとした答えをだします。

これには、妹とふたり、唖然・・・・・。

家に帰ってきても、変わらずしっかりしています。認知症ではありませんと言われたことがうれしかったのかは、不明ですが・・・。

私たちがアレ変?可笑しくない?は天然ものと断言されてしまいました。